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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)2437号 判決 1998年3月27日

原告

西川文子

被告

市原勝則

主文

一  被告は原告に対し、金八六八万二四〇七円及びこれに対する平成四年八月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金一一一七万一三九七円及びこれに対する平成四年八月二八日(事故日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、足踏式自転車で道路を横断中、被告が運転する普通貨物自動車に衝突され負傷した原告が、被告に対し、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法三条に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実(当事者が明らかに争わない事実を含む)

1  事故の発生

(一) 日時 平成四年八月二八日午後八時二八分頃

(二) 場所 大阪府吹田市南吹田一丁目一〇番先路上

(三) 関係車両 被告運転の普通貨物自動車(大阪四〇え三九五〇号、以下「被告車」という)

原告運転の足踏式自転車(以下「原告車」という)

(四) 事故態様 (二)付近の車道を横断中の原告車に走行中の被告車が衝突した(以下「本件事故」という)。

2  被告の責任原因

被告は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任を負う。また、被告は民法七〇九条の責任を負う。

3  原告の負傷

原告は、本件事故により、左肩鎖関節脱臼、左胸鎖関節脱臼、左第二、三、四、一〇肋骨骨折、左第四、五中足骨骨折の傷害を負った。

4  自動車保険料率算定会の認定

原告は平成六年八月二二日症状固定の診断を受け、自動車保険料率算定会は原告の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)一四級一〇号に該当するとの認定をなした。

5  損害の填補

原告は、被告から治療費を含め合計二〇三万六五三五円の損害の填補を受けている。

二  争点

1  過失相殺

(原告の主張)

原告の過失割合は一〇パーセントにとどまる。

(被告の主張)

原告は、被告車の動静に充分注意を払わないで無灯火で道路を斜め横断したもので大幅な過失相殺がなされるべきである。

2  症状固定時期、原告の後遺障害の程度

(原告の主張の要旨)

原告は平成六年八月二二日症状固定に至ったが、本件事故により、左肩が陥没し鎖骨が突出するという著しい奇形を残し、上肢の運動制限が存し、更に現在もなお、肩部、首等に頑固な痛み、しびれ、凝り等の神経症状が存する。鎖骨の変形が等級表一二級五号に、上肢の運動障害が一二級六号に、神経症状は一二級一二号に該当するもので、その労働能力の少なくとも一四パーセントを喪失した。

(被告の主張の要旨)

原告は平成四年一〇月一一日には症状固定に至っており、その後遺障害は等級表一四級一〇号にとどまる。

即ち、左肩関節脱臼に伴う鎖骨の変形は、手術によって回復可能であり、このようなものは後遺障害とは言えない。仮に、鎖骨の変形が等級表一二級五号に当たるとしても、鎖骨脱臼によっては肩関節の機能障害を生じさせることはないから労働能力喪失割合は限られたものとなる。肩関節の機能障害は、退院時においてはほぼ正常であったこと、後遺障害診断書記載の数値に疑問があり、仮に、これが正しいとしても、これが生じたのは原告のリハビリ不足によるものであることからすると後遺障害とは言えない。神経症状については、レントゲン・脳波検査の結果等により、他覚的に神経障害が証明されていないから等級表一四級一〇号にとどまるものである。

3  損害額全般

(原告の主張額)

(一) 治療費(装具代を含む) 一五三万八〇三五円

(二) 入院雑費 五万七二〇〇円

(三) 入院付添費 八万五五〇〇円

(四) 交通費 五万八五六〇円

(五) 休業損害 二五一万九八三九円

(六) 逸失利益 五二八万九六七九円

(七) 入通院慰藉料 一八〇万円

(八) 後遺障害慰藉料 二三〇万円

(九) 眼鏡破損代 三万円

(一〇) 弁護士費用 一〇〇万円

よって、原告は被告に対し、(一)ないし(一〇)の合計一四六七万八八一三円に被告の過失割合九割を乗じた一三二一万〇九三二円から損害填補額二〇三万六五三五円を差し引いたうち一一一七万一三九七円及びこれに対する本件事故日である平成四年八月二八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の主張)

(一) 一五三万六五三五円の範囲で金額は認める。しかし、原告は平成四年一〇月一一日には症状固定に達していたので、右時点までの治療費及び装具代だけが本件事故と相当因果関係がある損害である。

(二) は認める。

(三) 原告の症状及び吹田市民病院では基準看護体制がとられていたから、付添看護は不要であった。

(四) 立証が不十分である。

(五) 原告の事故前の収入は日額二四三三円で、休業期間は四三日間であるから休業損害額は一〇万四六一九円にとどまる。

(六) 原告は退院直後から稼働し、事故前よりむしろ高い収入を得ているから逸失利益は認められない。

(七) 退院時に症状固定に達していることから四五万円程度にとどまる。

(八) 八〇万円が限度である。

(九) 立証が不十分である。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  認定事実

前記争いのない事実及び証拠(甲二、三、一〇、検甲五、六、乙三の1ないし3、六の1ないし10、検乙一ないし九、原告本人、被告本人)を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一) 本件事故は別紙図面のとおり、市街地を北東から南西に延びる道路(以下「本件道路」という)の車道上で起きたものである。本件道路は片側二車線で、両側に歩道が設けられ、事故現場付近でJRの線路の高架下をくぐっており、付近の交差点では交差点の中まで本件道路の中央線が貫いている。

本件道路の最高制限速度は時速四〇キロメートルであり、アスファルト舖装された路面は平坦で事故当時乾燥していた。事故現場付近は直線道路であったが、事故当時暗く、北東行き、南西行き共に第一車線に駐車車両があったため、走行車両からの前方の見通しは、その分、不良となっていた。

(二) 被告は、自宅付近の飲食店で飲酒後、被告車を運転し、本件道路の第二車線上を時速約三五キロメートルで北東方向に進行していたところ、事故現場手前で対向車の前照灯に幻惑され、前方注視が困難となったが、アクセルから足を放しただけで、ブレーキペダルを踏まず、やや顔を正面から背けた際、別紙図面×付近で原告車に被告車前部を衝突させた。被告は、衝突直前まで原告車の存在に気づいていない。なお、事故後、被告から呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラムのアルコールが検出された。

(三) 他方、原告は勤務先から別紙「西川雅美」で示されている自宅に戻るべく、原告車の前照灯を点けて別紙図面の赤線で示したように歩道上を南西に進行し、一旦停止した後、車道を横断中、被告車に衝突された。原告も衝突直前まで被告車の存在に気づいていない。

2  判断

1の認定事実に照らして考えると、本件事故は、被告が、対向車の前照灯に幻惑された際、直ちに徐行または一時停止しなければならないのにその義務を怠った過失により発生したものである。また、被告が飲酒していたことを考えると、その過失の内容は重大である。他方、原告は優先道路を横断しようとしたのであるから、通行車両の有無・動静に充分の注意を払わなければならないのに、これを怠った過失がある。

右過失の内容を対比し、前記道路状況、自転車対自動車の事故であることを考え併せた場合、その過失割合は原告の一に対し被告の三とするのが相当である。

二  争点2(症状固定時期、原告の後遺障害の程度)について

1  認定事実

証拠(甲四の1ないし6、六、七の1、2、八、九、検甲一ないし四、乙一、二、七、八、原告本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一) 原告の従前の生活状況

原告(昭和一七年一月三日生、事故当時五〇歳)は、主婦業をなすと共に学校法人明治東洋医学院に勤務する健康な女性であった。

(二) 原告の負傷及び治療状況

原告は、本件事故により、左肩鎖関節脱臼、左胸鎖骨関節脱臼、左第二、三、四、一〇肋骨骨折、左第四、五中足骨骨折の傷害を負い、

(1) 事故日である平成四年八月二八日、市立吹田市民病院に救急搬送され、同病院に同年九月一五日まで入院し、

(2) 同年九月一七日から同年一〇月一一日まで、明治鍼灸大学附属病院に入院し、

(3) 平成四年一〇月一二日から平成六年八月二二日ころまで、同病院に通院し、

(4) 平成四年一〇月一二日から平成六年八月ころまで、明治東洋医学院附属治療所に通院し、

入院日数は合計四四日、通院期間は約二一月である。

原告は、(1)の入院中、自力でトイレにも行けない状態であった。(2)の入院に際しても車イスで入院したが、中足骨骨折については、平成四年八月二八日から同年一〇月一日までギブス固定がなされ、その後、足底板を使用して独歩可能となり概ね順調な推移を示した。鎖関節の脱臼については手術を行わず、保存的療法がとられることとなった。原告は明治鍼灸大学附属病院の担当医師から「鎖関節の脱臼については、手術の際の危険性が高く、手術適応性がない。」旨告げられている。肩関節については、同年八月二二日、同年九月一九日なされた可動域検査においては、いずれも屈曲で左肩が右肩の概ね三分の二程度の可動域しかなく、左右の可動域に明確な差が認められたが、リハビリの結果同年一〇月一一日の退院時には屈曲、外旋についてはわずかな差があるものの、外転、内転、内旋には左右差がないまでに回復した。原告は、退院後も明治東洋医学院附属治療所や自宅でリハビリを行い、理学療法を受けていたが、同年一二月二五日の通院の際には、「リハビリの時、胸に痛みがある。」と訴え、再び左肩の可動域が右肩より制限された状態となり、可動域の訓練をするようにとの指示がなされた。なお、左肩付近の疼痛は全入院及び通院期間を通じてほぼ一貫して存する。

(三) 症状固定、自動車保険料率算定会の認定

原告は平成六年八月二二日症状固定の診断を受けたが、その後遺障害診断書(甲九)によれば、他覚的所見として、<1>鎖骨両端が完全脱臼したまま、左肩部に突出していること、<2>鎖骨の脱臼により胸筋、乳突筋が緊張し頸部痛が生じていること、<3>左首付近に知覚鈍麻があること、<4>左肩屈曲、外展、伸展における筋力が五分の四であること、<5>握力右三〇キログラムに対し左二〇キログラムであること、<6>左肩関節に運動制限があり、屈曲が右一八〇度(他動値一八〇度、以下( )内は他動値を示す)、左一二〇度(一四五度)、外展が右一八〇度(一八〇度)、左九〇度(一二〇度)、外旋が右九〇度(九〇度)、左六〇度(八〇度)、内旋が右九〇度(九〇度)、左八〇度(八〇度)であることが指摘されている。

自動車保険料率算定会は原告の後遺障害は、等級表一四級一〇号に該当するとの認定をなした。

(四) 鎖骨の外観

原告の肩付近を撮影した写真(検甲一ないし四)によれば、原告の左鎖骨が左肩部並びに前胸部に突出していることが認められ、また左肩先は右肩先に比べ明らかに落ちている。

(五) 本人の訴え

原告は「左手が肩の水平位置までしか上がらず、その際、首等に痛みがあり、肋骨の痛みも時折生じる。左利きで、左手の握力が強かったのに、事故後は左手の方が弱くなっており、家事をすると疲れやすい。」等の症状を訴えている。

2  判断

症状固定時期については、前記認定の原告の傷害の部位、内容、程度、症状の推移からみて、全通院期間について本件事故との相当因果関係が肯定できる。

次に後遺障害の程度について判断するに、等級表一二級五号「鎖骨の著しい変形」の後遺障害に該当するためには、鎖骨の変形が外部から想見できる程度であることが必要であると解されるところ、前記のように、原告の鎖骨の変形はレントゲン撮影を待つまでもなく、外観から素人目にも視認可能であって、その障害は自動車保険料率算定会が認定する等級表一四級にとどまらず等級表一二級五号に該当するものと認められる。

原告の主張する左肩の運動障害及び神経症状は、鎖骨の障害に伴って生じたこれと一個の病症と把握できるから、包括して鎖骨の変形による等級表一二級五号によるべきものである。

三  争点3(損害額全般)についての判断(本項以下の計算はいずれも円未満切捨)

1  治療費(装具代を含む) 一五三万六五三五円

(主張一五三万八〇三五円)

治療費が少なくとも一五三万六五三五円に及ぶことは当事者間に争いがなく、右金額を超える治療費の証明はない。そして、前記のように原告の症状固定日は平成六年八月二二日であるから右治療費全額と本件事故との相当因果関係が肯定できる。

2  入院雑費 五万七二〇〇円

(主張同額、争いがない)

3  入院付添費 三万八〇〇〇円

(主張八万五五〇〇円)

証拠(原告本人)によれば、原告の次女が市立吹田市民病院の入院に際して付添ったことが認められ、前記原告の傷害の部位、程度、原告が右期間中トイレにも行けない状態であったこと、同病院の看護体制を総合すると一日当たり二〇〇〇円の割合で付添看護費を認めるのが相当である。

計算式 二〇〇〇円×一九日=三万八〇〇〇円

4  通院交通費 〇円

(主張五万八五六〇円)

立証がない。

5  休業損害 二四二万六二九五円

(主張二五一万九八三九円)

証拠(甲一一、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故当時、学校法人明治東洋医学院に清掃婦として勤務しており、本件事故前、月収七万三〇〇〇円の収入を得ていたこと、入院中に限り右勤務を休業したことが認められる。しかし、原告は主婦でもあって、原告の負った傷害が原告の家事労働に支障を及ぼしたことは明らかであるから、原告の休業損害を右勤務先での休業損害に限ることは妥当ではない。

原告は、当時、平成四年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計、女子労働者五〇歳から五四歳までの平均年収三二九万六一〇〇円に見合う労働をしていたと認められ、障害の部位、程度、通院状況、後遺障害の程度を総合すると事故後一月半はその労働能力の全部を、その後症状固定日までの二二月間はその労働能力の少なくとも三分の一を失っていたと認められるから、これにより休業損害を算定するのが相当である。

計算式

(一) 事故後一月半まで

三二九万六一〇〇円÷一二月×一・五月=四一万二〇一二円

(二) その後二二月

三二九万六一〇〇円÷一二月×二二月÷三=二〇一万四二八三円

(三) (一)+(二)=二四二万六二九五円

なお、右計算において半月に満たない日数は、これを切捨てるが、この点は労働能力喪失割合に折り込みずみである。

6  逸失利益 五〇六万七二二六円

(主張五二八万九六七九円)

前記認定の原告(症状固定時五二歳)の障害の部位、程度、特に原告の鎖骨の障害は、単なる奇形にとどまらず、肩関節の屈曲障害、神経症状を伴っていること、原告の職業、性別、年齢等を総合し、自賠及び労災実務上等級表一二級の労働能力喪失率が一四パーセントと取り扱われていることは当裁判所に顕著であることからみて、原告は本件事故による後遺障害によってその労働能力の一四パーセントを喪失し、障害の性質から見て、これは生涯継続するものと認められる。

そこで基礎収入を前記三二九万六一〇〇円とし、就労可能年齢を六七歳としてホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益を算定すると前記金額が求められる。

計算式 三二九万六一〇〇円×〇・一四×一〇・九八一=五〇六万七二二六円

なお、被告は「肩関節の屈曲障害は鎖骨の脱臼によって生じるものではなく原告のリハビリの不足によるものであること、原告が勤務を継続していることからその逸失利益は限られたものとなる。」旨主張しているのでこの点について判断する。第一の点については、確かに、リハビリの不足からくる廃用性による障害を等級表上の独立した後遺障害となしうるかについては異論があろうが、今ここで問題となるのは等級表一二級五号にあたる鎖骨の変型障害のもたらす労働能力喪失割合を考慮するに当たって、左肩の屈曲制限を考慮の他におくべきかという点である。原告の左肩の屈曲障害は、リハビリの不足という要因があったとしても鎖骨の障害に伴って生じたものであることは疑いを入れる余地がなく、当然、喪失率を判断するに当たって考慮されなければならない要素である。第二の点については、原告の右勤務による収入は前記逸失利益の算定の基礎たるべき収入の三分の一程度であって、右減収がなかったことを重視することはできない上、さほど安定した職業でもなく、その職種は肉体的負担の少なくないもので、原告が右勤務を継続するためには相応の努力を要することを考えると、被告の右主張は、いずれもその理由に乏しいと言わざるを得ない。

7  入通院慰藉料 一八〇万円

(主張同額)

原告の傷害の部位・内容・程度、入通院期間・状況等の事情を考慮して右金額をもって慰謝するのが相当である。

8  後遺障害慰藉料 二三〇万円

(主張同額)

前記障害の内容、程度からみて、右金額をもって慰謝するのが相当である。

9  眼鏡破損代 〇円

(主張三万円)

立証がない。

第四賠償額の算定

一  損害総額

第三の三の合計は一三二二万五二五六円である。

二  過失相殺

一の金額に前記第三の一認定の被告の過失割合七割五分を乗じると九九一万八九四二円となる。

三  損害の填補

二の金額から前記第二の一の5の損害填補額二〇三万六五三五円を控除すると七八八万二四〇七円となる。

四  弁護士費用

一の金額、事案の難易、請求額その他諸般の事情を考慮して、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は八〇万円と認められる。

五  結論

よって、原告の被告に対する請求は、三、四の合計八六八万二四〇七円及びこれに対する本件事故日である平成四年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

別紙図面 略

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